士弦会について

正伝士風薩摩琵琶 士弦会

450年来の四弦四柱の琵琶で、ダイナミックな力強さに侘び寂びを秘めた幽玄な語り(琵琶歌)を基調とします。
語りのあとに弾法(琵琶の演奏部分)が続く間奏の形式で、伴奏はしません。声は裏声を使わず、丹田(へその下)からの発声による語りを重視します。弾法も擬音は使用しません。一音一音を大切にするとともに、弦の“揺り”や微妙な撥使いによって幅広い表現を行ないます。
士弦会
士弦会は昭和54年(1979)、に有志の奏者により設立。昭和61年(1986)、弾法と語りの名手として名高い普門史城が会長となり「正伝士風薩摩琵琶 士弦会」と名づけられました。
翌62年(1987)には普門院流が創設され、普門史城が宗家となります。

正伝(せいでん)」には、薩摩琵琶を歴史的・楽理的に正しく伝承するという意味がこめられています。高度な弾法を数多く伝えているのが会の特徴です。「士風(しふう)」は、島津忠良公が琵琶を藩士の心の研鑽に用いたように、単なる技術に終わらず精神性を尊ぶ意味がこめられています。

歌と弾法をいずれも重視し偏らず学ぶことも、流派の大きな特徴です。古典の継承と同時に、和太鼓や雅楽とのコラボなど、薩摩琵琶の新しい可能性も追求しています。
名誉顧問は、島津第32代当主 島津修久様です。

宗家 普門院紫城(普門史城)について

明治44 年(1911)、東京・日本橋生まれ。
立命館大学卒業。
13歳より琵琶を習い始め、弾法を弦の名人と言われた相良司城師に学び、語り(琵琶歌)は士風琵琶元老の東郷重厚師に学ぶ。
奈良春日大社の雅楽伝承会、春日古楽保存会 (南都楽所) にて雅楽の楽理を学び、比叡山天台声明の大家、多岐道忍師に指導を受ける。
昭和42年 (1967) より東京芸術大学および大学院において、薩摩琵琶の楽理論と実演技を指導。
NHKのドラマや邦楽百選などで薩摩琵琶を演奏。
文化庁芸術祭伝統・芸能ジャンルで、昭和50年 (1975)、演奏に参加した『琵琶その音楽の系譜』がレコード部門優秀賞を受賞。昭和53年 (1978)には『口唱歌大系・日本の楽器のソルミゼーション』がレコード部門大賞を受賞。
同年より毎年、明治神宮春の大祭にて奉納演奏。
数多くの海外演奏の実績がある。
昭和62年(1987)普門院流を創設し、宗家となる。
平成16年 (2004)逝去。
乃木静子夫人
琵琶:普門史城 歌:橋本光葉

二世宗家 士弦会会長 森園史城について

昭和3年(1928)、鹿児島県鹿児島市生まれ。
江田島海軍兵学校77期生として終戦を迎える。
昭和23年(1948)に上京、早稲田大学建築学科卒業。
30代で株式会社豊建築事務所を設立し、業績を積み重ねる中、心の余裕が生まれた40代になって、少年時代に郷土でよく耳にした琵琶道に目覚めた。
東京在住の薩摩・大隅・日向出身者が集う「三州倶楽部」で評価の高かった、普門史城の音楽性にひかれて入門。
演奏技術を吸収するとともに、琵琶の精神性と、現代に生きる洗練とを追求する。
平成4年 (1992) 、ドイツ・オーストリア・ハンガリー演奏旅行。
平成5~9年、東京芸術劇場にてリサイタル。
平成7年(1995)、二世襲名。
平成13年(2001)、フランスのラ・メージュで行なわれたメシアン音楽祭の日本音楽部門に出演。
平成14年(2002)、国際栄誉賞顕彰受賞。釜山で開催されたアジア民族音楽フェスティバルにおいて、一門を率いて演奏。韓国霊岩における王仁博士祝祭にて、韓国語による薩摩琵琶を演奏。
平成16年(2004)、士弦会会長に就任。
平成17年・平成28年、セルリアンタワー能楽堂にてリサイタルを開催。
ほか、多数の演奏会や一門の定期演奏会を行ない、毎年春には明治神宮春の大祭に神前で献奏している。
花紅葉 セルリアンタワー能楽堂(渋谷)にて

普門院流 命名の神事

昭和62年(1987)普門院流を創設。命名の神事を執り行った。
写真右列奥が宗家・普門史城(当時)。左列奥から2人目が現宗家・森園史城。

金剛法界山国常立神宮よりの
命名を記した銘板。

島津第31代忠秀様より、
正伝薩摩琵琶普門院流を認証し贈られたもの。